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2019年11月 2日 (土曜日)

≪栗岡健治の談話室Ⅻ≫「令和」の“考案者”国文学者の中西進氏による司馬遼太郎へのオマージュ

「令和」の“考案者”国文学者の中西進氏による司馬遼太郎へのオマージュ ~ただし、今を遡ること22年前のNHKラジオから~ 時空を超えてこんなことを書くのには訳がある。陳腐化することなくいまだ新鮮だから。 中西進氏は、当時帝塚山学院大学教授で、生前の司馬遼太郎と親交が深かった。 “その番組”古い録音テープを聴いた。1997(平成9年)年のNHKラジオの「新春朗読への招待」を私が録音したもので、既に2...

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2019年9月23日 (月曜日)

≪大澤有信の談話室Ⅳ≫門松秀樹著『明治維新と幕臣』を読む

「応仁の乱」(呉座勇一)、「観応の擾乱」(亀田俊和)、「蒙古襲来と神風」(服部英雄)、「承久の乱」(坂井孝一)と中世を描いた中公新書が立て続けに書評に載った。新しもの好きな私はすぐ飛びついた。そして近代へ一気に跳び『明治維新と幕臣』(門松秀樹)が紹介され、早速繙いた。 勝者側の評価による明治維新本書の前書きに「明治維新は進歩発展が停滞していた徳川幕府に代わり、進取気鋭満々の薩長他西南雄藩が仕果たせ...

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2019年5月30日 (木曜日)

≪大澤有信の談話室Ⅲ≫「国家はいかに楠木正成を作ったのか」

『国家はいかに楠木正成を作ったのか』(谷田博幸著)明治・大正・今大戦まで、楠木正成は「忠臣」と崇められていた。その反面、形勢不利を蒙ったのが足利尊氏である。第二次大戦中、軍隊で上官から出身地を問われ、「栃木県足利市」と答えたら鉄拳制裁を食らったという、笑うに笑えない話がある。近頃、楠木正成の遺跡がある市町村が連合し、文化庁に日本遺産として申請するなど、楠公再評価・崇拝の動きが見られる。本書はそれら...

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2019年5月19日 (日曜日)

≪栗岡健治の談話室Ⅺ≫ 四半世紀ぶりに訪ねた香港・マカオのこと

<はじめに>これは単に香港・マカオを訪れたということではない。四半世紀の空白を置いて、かつて住んだ香港そして馴染んだマカオを再訪した話である。変動激しい現代において四半世紀は長い。まして今や香港(中国)であり、私が過ごしたCrown colony女王陛下の香港ではない。私にとってちょっとばかり感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)なのである。かつて1980年代に、パリ、ロンドン通算約6年間の勤務を...

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2018年8月30日 (木曜日)

≪栗岡健治の談話室Ⅹ≫司馬遼太郎作品で『語学考』

はじめに『栗岡健治の談話室』の最終回である。とりあえずはこれで筆をおくことにする。ここ数回はテーマ探しに難儀したが、最後に再び司馬遼太郎にふさわしい―と自賛するが―テーマで終わることができ嬉しい。本当は映画の話にしたかった。 これからの人生というと大袈裟だが、まあこれからの生活でもいい。映画を一つの柱にしようと思い、実践し集中的に観始めたが、映画の話を書くとなるとまだ知識・経験不足で、いま...

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2018年6月26日 (火曜日)

《栗岡健治の談話室Ⅸ》フランスの国民食クスクスのこと

この『栗岡健治の談話室』の投稿に、司馬遼太郎に関わること、そして歴史であることというタガをはめると話題が枯渇してしまう。これすなわち私に司馬遼太郎に関する話題が乏しい所為なのである。 今回の話題について、何を血迷ったかと言われそうだがともかく進めてみよう。明らかなことは、司馬遼太郎とまったく関係なくなってしまったということ。もっとも既にワイン、シャンソンで、こじつけは...

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2018年6月 6日 (水曜日)

≪栗岡健治の談話室Ⅷ≫「湖西のみち」をたどり『街道をゆく』を考えてみた

私にとっても「湖西のみち」は格別だ 『街道をゆく』の記念すべき最初の街道は「湖西のみち」であった。最初にこれを読んだ時の印象は深い。歴史的、文化的、言語学的、人類学的な考察をずいぶん織り込んでいるなあと驚いた。この面の話が発展して、同行の編集部のH氏に「これでも紀行文でしょうか」と苦情をいわれそうだとも書いている。 司馬遼太郎らが訪ねたのは、まず琵琶...

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2018年4月16日 (月曜日)

《栗岡健治の談話室Ⅶ》「池波正太郎のフランス旅行について」

〔はじめに〕 「徳川幕府と帝政フランスの蜜月あるいは特殊関係」を卓話し、『栗岡健治の談話室』で「日本史におけるワイン」、「シャンソンについて」を書いたので、私は、自他ともに認めるフランス贔屓(francophile)ということになった。 ところで、池波正太郎がフランス贔屓であったことをご存じだろうか?このBlogに書くには、歴史や司馬遼太郎との関係に触れなければなら...

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2018年4月 8日 (日曜日)

《大澤有信の談話室Ⅱ》「『蒙古襲来と神風』(服部英雄著)を読んで」

近頃、歴史上「実は…ではなかった」風な書冊があちらこちらで見受けられる。 本書はそういった奇抜さはなく、淡々と手抜かりなく書き進められている。 爾来「神のおかげで勝った。それは嵐だ。神風だ」となっていくのは、世俗の無邪気な意識の変移に過ぎないと断定している。 1回目の文永の役(1274年)の時、頃は11月。台風はなかったが玄界灘は大荒れに...

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2018年1月 8日 (月曜日)

《栗岡健治の談話室Ⅵ》「和歌山・大阪の旅~雑賀衆を訪ねて」

次回の卓話を何にしようかと思案しているとき、たまたま眼についたのが司馬遼太郎『尻啖え孫市』であった。下品なタイトルであるが、読んでみると、主人公の雑賀孫市は、好色だが痛快な漢(おとこ)として描かれている。これに決めた。「そうだ和歌山、行こう」と、昨年(2017年)10月に雑賀衆や雑賀孫市にちなむところを訪ねてみた。  本年、2月17日(土)に『織田信長に挑んだ戦...

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