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2010年2月 1日 (月)

なぜいま『坂の上の雲』なのか

128日(木)、アジア記者クラブ主催の講演会に出席した。一橋大名誉教授中村政則氏の講演で「なぜいま『坂の上の雲か』~司馬史観 をどうみる」がテーマだった。ずいぶん前に中村教授の「近現代史をどう見るか~司馬史観を問う」(岩波ブックレット:1997)を読み、「なるほど、そういう見方もあるのか」と思ったことがあったので関心をもって聞いた。

à           中村教授は言う。

       一つは、『坂の上の雲』ではロシア侵略主義VS日本祖国防衛の図式が強調されていることである。司馬は「朝鮮がロシア領になってしまえば、寝ても覚めても横腹に匕首を突きつけられているようなものでした。この恐怖を理解できなければ、当時の日本の立場はわかりにくい」(司馬遼太郎が語る日本)という。確かに当時の日本人のなかに根強い「恐露病」があったことは疑いないが、ロシアが実際に朝鮮を侵略し、さらに日本にも攻め込んでくる可能性があったかどうかは別問題である。つくられた脅威論ではないか。

       二つ目は、「明るい明治」と「暗い昭和」という図式である。明治と昭和の間に非連続や断絶を置くというのはあまりにも単純ではないか。それぞれの時代には明るい側面もあれば暗い側面もあるし、「明るい明治」の時代に、実は昭和の破綻の芽は準備されていたとも考えられるのではないか。大正史の欠落も司馬史観の特徴である。

       さらに、天皇制についてである。司馬は「明治憲法もまた他の近代国家と同様、三権が明快に分立していた。ただし、天皇の位置は哲学でいう空に似ていて、行政においては内閣が各大臣ごとに天皇を輔弼し、輔弼者をもって最終責任者とした」(この国のかたち)と言う。これは、天皇=無答責論を引き出す伏線になっている。天皇にいっさいの責任はないというのである。しかし統帥権を支える制度とイデオロギーは明治期にできていたのである。

à           「時空の旅人」としては、どう考えればいいのだろうか。『坂の上の雲』は小説である。小説でリアリティをもって読者をひきつけるため、ある図式を強調するのは許されるのではないか。無数の事実のなかからあるものは捨てあるものをピックアップしてもいいような気がするのだが‥‥。

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